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スポーツの歴史からみる「eスポーツとは」〜ゲームはスポーツになり得るか?

ヒストリスト編集部

eスポーツはスポーツになり得るか?

eスポーツを語る時、避けて通れないのが「ゲームはスポーツか?」という問題。東海大学でスポーツ史、スポーツ人類学を研究する松浪稔教授にスポーツの歴史を取材する中で、この問題にも言及されたので紹介します。

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Historist『歴史を振り返り考える「スポーツってそもそも何だ?」』より

そもそもスポーツってなんだ?

eスポーツ、またはゲームがスポーツか?を問う前に、スポーツとは何か? を整理しなければなりません。
「日本のスポーツには常に教育の側面がある」と松浪先生。明治に日本が近代化する過程で、西洋の知識や技術を伝えるお雇い外国人がたくさん来日し、近代スポーツもそのとき日本にやってきました。お雇い外国人の職場は教育現場、つまり学校です。以来、日本ではスポーツの主体が学校になりました。

明治初期に近代教育制度が定められ、スポーツは教育の一環として利用されるようになります。戦時中の軍国主義のもとでは「体錬」、戦後は「体育」となりました。今でも、「体育」と「スポーツ」というキーワードが、似たような意味で使われることが多いのではないでしょうか。

また、松浪先生は「教育以外にも、日本ではスポーツに意味が付加される」とも言います。体力をつけるため、健康のため、チームワークのため、国や学校のため……。「ゲームが何かのためになる」という認識はないでしょう。元より「体育」のような身体活動もありません。そのため、「ゲームがスポーツなのか?」と疑問が生まれるのでしょう。

スポーツは「遊び」

では、そもそもスポーツとはなんなのか?「sports」の語源はラテン語の「deportare」と言われています。余暇や遊びといった意味です。
日本ではときに「遊び」の要素が忘れられますが、そもそもスポーツに何かのためという「意味」は、なくてもよいのです。

さかのぼれば、古代オリンピックは宗教的な行事であったと松浪先生は指摘します。競技は神に捧げる行為であり、特に何か現実的な目的はありません。その点、祭りで神輿を担ぐのも本来的な意味のスポーツにあたると言います。

現在のスポーツの概念ができたのは近代以降のこと。それ以前、ヨーロッパの国々では狩りやショー、その他の遊びを含む概念だったようです。現在でも、アジア競技大会でトランプやチェスが正式種目になることがあります。

ルールがスポーツを世界に広めた

近代スポーツが成立したのは、「ルール」のおかげだと松浪先生は指摘します。たとえば、フットボールはイギリスの地域や学校で違った規則でプレイしていました。19世紀のイギリスで統一ルールが生まれ、現在のサッカーの原型が生まれます。また、サッカーのルールに賛同しない人たちがラグビーをつくりました。

サッカーやラグビーに限らず、近代スポーツはルールがあることで、世界中の人が同じ条件で参加できるようになります。そして、ルールによってわかりやすく「勝敗」がわかれます。スポーツに世界中の人が熱狂し、ときに社会を動かすほどの力を持つのはルールがあるからなのです。

ゲームはスポーツか?

さて、遊びの要素が強く、多くは勝敗が明確にわかれるルールのあるゲーム。しかも、現実にはないエキサイティングな世界がつくられており、その点、世界中を熱狂させるスポーツの要素を満たしているように思えます。

一方で、身体活動がスポーツの重要な要素だと考えられているのも事実。フランスのベルナール・ジレは1952年の自著で、「遊戯」「闘争」「はげしい肉体活動」をスポーツの3要素を挙げています。ゲームにも瞬発力や持久力は求められるものの、この場合の「はげしい肉体活動」に当てはまるかは難しいところです。

「世界がどんどん変わっていて、ひとつの答えを出すのは難しい」と松浪先生は言います。テクノロジーのめまぐるしい進化に、人々の概念が追いつかなくなっているのかもしれません。そんな中で、1950年代に考えられた概念を21世紀も使い続けることに無理があるのではないでしょうか。

そんなときは原点に立ち返り、考えてみるのはどうでしょう。スポーツの原点が「遊び」だとすれば、eスポーツは間違いなくスポーツです。テクノロジーを駆使して遊ぶために考えられた、むしろ最もスポーツらしいスポーツと言えるのかもしれません。

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