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経済学者に聞く「世襲と格差」〜機会の平等を実現する3つの視点〜
生まれる家庭によって境遇は違うけれど、勉強やがんばりによって人生を豊かにできる。チャンスは皆に平等であるべきだ――自由と平等、資本主義の社会に生きる私たちは、どこかでそんな価値観を持っています。果たして、誰もがチャンスをつかめる世界は、現実に存在するのでしょうか?
今回は世襲と深い関係にある「機会の平等」について考えます。『世襲格差社会 - 機会は不平等なのか』 (2016年、中公新書)の共著者であり、 流通経済大学経済学部経済学科 准教授の参鍋篤司先生に取材しました。
機会の平等と結果の平等
−まずは、機会の平等について概念の違いを、どのように考えればよいでしょうか?
「平等」または「格差」について考えるときは、「機会の平等(格差)」と「結果の平等(格差)」を考えねばなりません。
運動会の徒競走で言えば、皆が同じスタートラインから走るのが機会の平等。当然、個人の能力によってゴールの着順が決まります。対して、皆で手をつないでゴールするのが、能力に関係なく格差をなくそうという行為。結果の平等です。
現実の社会では、教育機会や職業選択の可能性を、生まれながらに多く持っている人と、そうでない人がいます。スタートの時点で、能力の優劣が生じるのは、ある程度は仕方のないことです。
生まれた家庭で大きな差がなく、各人に同等の選択肢があるのが、機会の平等が担保されている状態です。
資産を増やす上でも人生を充実させる意味でも、好きな職業を選択できることは重要です。そのためには、学力や学歴が大きく影響するのが現実。教育機会の平等はすべての根本だと言えます。
−教育機会の不平等はなぜ起こるのでしょうか?
子どもへの教育を、投資と考えてみてください。
『21世紀の資本』を記したトマ・ピケティは、金融資産を持っている人ほど、雪だるま式に利得が大きくなるのが現代の資本主義だと指摘しました。
例えば、アベノミクスの金融緩和で不動産価格が上がると予測した人は多いでしょうし、実際そうなりました。不動産に投資できるお金のある人は、さらに大きな所得を得られます。しかし、お金に余裕がない人は投資もできず、チャンスを逃してしまいます。
教育はもっともリスクが小さくリターンの大きな投資です。私の計算では、高卒と大卒の平均給与から算出すると、大学卒業によって毎年、平均7%ほどの利回りが得られることになります。この超低金利時代に、これほど有利な投資はありません。
だからこそ、富裕層は徹底的に子どもの教育に投資しますが、お金がなければそれもできない。教育は生まれによって、機会の不平等が起こりやすい分野なのです。
結果が不平等だと機会が不平等になる
多くの方は、機会の平等は確保されるべきだと考えるのではないでしょうか。結果の平等については、意見の分かれるところかもしれません。しかし、機会の不平等と結果の不平等は切り離して考えられません。
格差の拡大と固定を示した「ギャッツビー・カーブ」という分析があります。
縦軸は、「親の所得レベルが子どもに受け継がれる度合い」。値が大きいほど、所得の格差(結果の不平等)が「世襲」されていることを意味しています。世襲は生まれた家庭が子どもの可能性を限定するので、機会の不平等が大きいということになります。
横軸は、「親世代の所得格差」です。前述の通り、現代の資本主義ではお金持ちはよりお金を増やし、貧乏な人との格差が広がりますが、横軸の値が高いほどその傾向が強くなります。フィンランド、デンマーク、ノルウェーといった北欧諸国の値が低いのは、格差が大きくなりすぎないよう、政府が富を再分配しているからです。
一見して分かる通り、親世代で結果の不平等が大きい国ほど、子ども世代にも格差が世襲されることを示しています。
−結果の不平等が大きい社会は、子ども世代での逆転が難しい。現実的には機会の平等が機能していないということですね?
その通りです。機会の平等さえ担保されれば結果は本人の努力次第、とは言い切れません。
例えば、今大学で活用されているAO入試は、公平な採点という意味で機会は平等ですが、学力試験以上に教育機会の格差が影響する可能性があります。AO入試ではスポーツや語学、音楽・美術など、広範な要素が評価されるからです。親にしてみれば、これらの素養を身に付けさせるため、習い事に通わせるのは大変です。お金をかけられる家庭の子どもが有利になります。
機会の平等を実現するために、現実に有効な対策を打つには、結果の平等も合わせて考えなければなりません。
−どうすれば、本当の機会の平等は実現できるのでしょうか?
経済成長は多くの問題を解決します。日本の高度成長期がそうであったように、成長している限りは格差が小さいので、機会の不平等も大きな問題にはなりません。生まれた家庭に関わらず、ある程度結果の平等が担保されるわけです。
成長の停滞とともに、格差が問題になってきています。しかし、戦国時代や江戸時代ほど機会と結果の不平等があるわけではありません。極端に言えば、所得の低い人には常に死の危険がありました。現代がそれほど深刻な状況でないのは、経済成長のおかげです。
しかし、一生懸命学び働いた効果が、生まれた家庭という機会の不平等を超えられなければ、成長もままなりません。経済は技術革新によって成長し、技術革新の源泉は競争から生まれる努力だからです。
IMFのデータでは所得格差の大きい国ほど、経済成長が停滞することがわかっています。
結果の見えている競争に、本気で努力する人はいないでしょう。「プロゴルファーのタイガー・ウッズが全盛時代、他の選手の成績が著しく下がった」というデータがあります。タイガーがあまりに強すぎたので、競争の原理が弱まってしまった、という経済学の分析です。
出典:BROWN, Jennifer. Quitters never win: The (adverse) incentive effects of competing with superstars. Journal of Political Economy, 2011, 119.5: 982-1013.
機会の不平等を超える3つの視点
−経済成長は格差問題を解決するが、格差問題が経済成長を止める――ジレンマを一朝一夕で解決するのは難しそうです。所得格差の世襲を決定づけるファクターがみえると、考える視点が明確になり、ひとつひとつ解決していけると思います。
考える視点は3つあります。
ひとつは、すでに述べたように大卒と高卒の賃金格差です。
東京大学の川口大司先生は次のように分析しています。
今まで日本では、大卒者と高卒者の賃金格差は非常に小さなものであった。しかし近年では、特に若い世代にその兆候が現れているが、大卒者と高卒者との間で賃金格差が広がりつつある
シンプルな経済理論に基づけば、大卒のメリットが大きいほど、親の所得によって教育機会の不平等が大きくなります。
次に、政府による再配分の問題です。
本来は教育のために公的資金を支出するなら、所得の低い家庭により多くの恩恵があるべきでしょう。しかし、現状はその反対で、政策が所得の高い家庭により有利に働いています。
そもそも、OECD諸国の中でも、日本は政府の教育支出が低いことが知られています。小学校から高校までは平均的ですが、就学前と大学等の高等教育に対する支出が圧倒的に少ないのです。
近年の有力な研究では、就学前の教育が、将来の所得レベルへ強く影響していることがわかっています。再配分の逆進性は、機会と結果の不平等を大きくします。
最近注目されているのが、職業の世襲です。
親の職業を継ぐとよいことはたくさんありますが、もっと稼げる仕事がたくさんあれば、必ずしも世襲せずともよいわけです。経済成長期には稼げる仕事がたくさん生まれ、経済成長が低迷するとそうではなくなります。
2000年頃から、職業を世襲したほうが多くの収入を得られる傾向が強くなりました。親から職業を継げる子どもと、そうでない人の機会の格差が、収入に大きく影響します。
機会の平等が、経済成長につながるのは前述のとおりです。他の国が最先端の技術で成長する中で、日本は格差どころか、国ごと沈没してしまうかもしれません。
「結果の不平等が世襲されることをいかに防ぐか」
難しい問題を皆で考えていくときです。幼児教育の無償化など、現実に良い方向に向かっている部分もあるのですから。
編集部まとめ
完全な平等は望めませんが、努力しても逆転できない社会は息苦しいものです。しかし、職業やお金だけが幸せでないことも確か。経済的な格差を縮めるとともに、経済に縛られない価値を考えるときなのかもしれません。
一方で、社会の生きづらさは、人が新天地へ向かう原動力になるはずです。かつてヨーロッパからの移民がアメリカ大陸を開拓したように、格差社会を脱出して新天地を目指すのも解決策のひとつ。まだ見ぬ新産業、経済発展中の途上国、はたまた宇宙…次なるフロンティアを私たちはどこに見出すのでしょうか!?
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