東久邇宮稔彦王内閣(ひがしくにのみやなるひこおうないかく)
東久邇稔彦を首班とし副総理格に近衛文麿を擁した戦後最初の内閣で,史上唯一の皇族内閣(1945.8.17~10.9)。皇族の権威を背景に軍の武装解除,連合軍の進駐,降伏文書の調印を進めることを課題とした。東久邇首相は国民全体の「総懺悔(そうざんげ)」が国の再建の第一歩であるとして早期総選挙を決めるなど戦後の政治指導にも意欲を示したが,占領軍の戦犯容疑者追及が始まると閣僚間の対立がおこり,東久邇と近衛が個別に占領軍指導者と接触をはかり指導権争いを始めた。1945年(昭和20)10月4日にGHQから内務大臣の罷免,特別高等警察の廃止などを要求する指令が出され,翌5日終戦事務が一段落したことを名目に総辞職。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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