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岩倉具視(いわくらともみ)

生没 1825.9.15~83.7.20 幕末~明治前期の政治家。下級公卿堀河康親(やすちか)の次男。京都生れ。幼名周丸(かねまる),号は華竜,のち対岳。14歳で岩倉具慶(ともやす)の養子となる。宮中に出仕し,侍従・近習を勤め,1858年(安政5)条約勅許問題で中山忠能(ただやす)らとともに幕府に反対。ついで公武合体を意図し和宮(かずのみや)降嫁を画策。そのため尊攘派から奸物視されて朝廷から退けられ,岩倉村に潜居。大久保利通(としみち)など薩長の倒幕派と接触を深め,67年(慶応3)王政復古の実現に暗躍した。新政府成立により参与・議定・外務卿などを歴任。71年(明治4)廃藩置県後に右大臣。71~73年特命全権大使として欧米を視察し,帰国直後,内治優先論の立場から西郷隆盛の朝鮮遣使(いわゆる征韓論)を阻止した。74年不平士族に襲撃され負傷。81年プロイセン流憲法の制定を説く意見書(井上毅(こわし)執筆)を提出し,大隈重信のイギリス流政党政治の実現を説く「国会開設奏議」に対抗,明治14年の政変に深く関与した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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