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井上馨(いのうえかおる)

生没 1835.11.28~1915.9.1 幕末期の萩藩士,明治期の藩閥政治家。一時,志道(しじ)家の養子となり,1860年(万延元)藩主から聞多(もんた)の名を賜わる。号は世外(せがい)。尊攘運動にたずさわりイギリス公使館焼打に参加,のち伊藤博文らとイギリスに密航。維新後造幣頭・大蔵大輔などを歴任,留守政府と対立して一時退官。76年(明治9)全権副大臣として日朝修好条規を結ぶ。欧州出張後,参議兼工部卿をへて参議兼外務卿(のち外相)となり,85年漢城条約を締結。条約改正にあたったが,87年外国人法官任用問題などの紛糾で辞任。黒田内閣で農商務相となり自治党結成を試みたが失敗,大隈重信外相の条約改正に反対して同内閣崩壊の原因をつくった。第2次伊藤内閣で内相,第3次伊藤内閣で蔵相を務め,政友会結成にも関与。第4次伊藤内閣退陣後に組閣命令をうけたが,渋沢栄一が蔵相就任を断ったため辞退。以後は財政通の元老として活動。侯爵。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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