寛政の三博士(かんせいのさんはかせ)
江戸時代の寛政の改革期,幕府に登用されて聖堂学問所(昌平黌(しょうへいこう),のち幕府直営化されて昌平坂学問所)の学政や教育の改革にあたった3人の朱子学者。柴野栗山(りつざん)(彦輔)・岡田寒泉(かんせん)(清助)・尾藤二洲(じしゅう)(良佐)を当時の人がよんだ名称で,寒泉が1794年(寛政6)代官に転じ,96年古賀精里(弥助)が登用されると,この3人をさすようになった。いずれも通称にスケがつくため,寛政の三助ともいわれた。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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