狩野派(かのうは)
室町中期~明治初期の日本画最大の画派。室町幕府の御用絵師狩野正信に始まる。その子元信は和漢融合の新しい装飾様式を創り,同時に血縁者と弟子からなる工房を経営。織豊政権下で重用された元信の孫の永徳は,多くの城郭殿舎の障壁画制作に一門絵師を率いてあたり,その豪放華麗な金碧(きんぺき)障壁画は一世を風靡した。永徳急逝後は子の光信・孝信や高弟山楽(さんらく)らが同派を維持,ついで孝信の子の探幽3兄弟が江戸幕府の御用絵師となり江戸に移住,一族と門弟を序列化して幕府職制にならった巨大な画家組織を作りあげた。その地位と家系は世襲によって安泰であったが,流派を維持すべく粉本主義の教育を続けたため,画作はしだいに創意を欠くものとなった。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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