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北畠親房(きたばたけちかふさ)

生没 1293.1.-~1354.4.17 鎌倉後期~南北朝期の公卿で,南朝の重臣。万里小路宣房(までのこうじのぶふさ)・吉田定房とともに後の三房と称された。父は師重,母は左少将隆重の女。後醍醐天皇の信任あつく,1324年(正中元)父祖の例をこえ大納言任官。30年(元徳2)出家。法名宗玄,のち覚空。33年(元弘3)従一位准大臣。同年義良(のりよし)親王を奉じ長男顕家(あきいえ)とともに陸奥国に下る。35年(建武2)足利尊氏が建武政権にそむくと上洛。同年の尊氏東上で伊勢にのがれる。38年(暦応元・延元3)再度の陸奥下向を企てたが遭難し,常陸に漂着。近隣豪族に軍勢催促を行ったが失敗し,吉野に戻る。51年(観応2・正平6)の正平一統に功あって准后となるが,京都占領に失敗し吉野の賀名生(あのう)に退却。その地で没した。著書「神皇正統記」「職原抄」。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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