北政所(きたのまんどころ)
平安時代以後,摂政・関白の正室をいう。北は陰陽の陰を表し,邸宅では夫の主催する公的な空間に対して奥むきの空間を意味した。大臣らの正室を北の方(きたのかた)というのに対し,とくに北政所と称したのは,彼女らが自身高い位階をえたり准三后(じゅさんごう)の位をえて政所を開くことを許されたことによると考えられる。やがて大臣,大・中納言の正室も北政所と称された。なお北政所は一般名詞であったが,豊臣秀吉の正妻寧子がとくに有名なため,固有名詞化した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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