菊池武時(きくちたけとき)
生没 1272/81/92~1333.3.13 鎌倉末期の武士。肥後国の豪族菊池武房の孫。隆盛の次子。通称次郎。法名は寂阿(じゃくあ)。兄時隆が一族の内紛により殺害されたのち,菊池家の家督を継ぐ。1333年(元弘3)伯耆国船上山(せんじょうさん)に拠った後醍醐天皇の綸旨(りんじ)をうけ討幕を決意。同年3月,鎮西探題赤橋英時の九州の御家人召集を機に,一族とともに博多にむかい,13日未明,博多市街に火を放ち探題館を襲撃。しかし少弐貞経・大友貞宗の裏切りもあって,奮戦むなしく敗死。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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