金春禅竹(こんぱるぜんちく)
生没 1405~70? 室町中期の能役者・能作者。大和猿楽四座の本家格の円満井(えんまんい)座の棟梁で金春大夫。実名貫氏(つらうじ)・氏信。法名賢翁禅竹。竹翁(ちくおう)・賢翁・式部大夫・竹田大夫とも称する。金春権守の孫。父は弥三郎。世阿弥の女婿。没年は1468~71年(応仁2~文明3)の間。大和を中心に各地で活動し,晩年は音阿弥に匹敵する実力者となった。禅竹は世阿弥に師事し,主要伝書はすべて所持または一見したらしく,世阿弥理論を総合して独自の論も加え,「歌舞髄脳記」「五音三曲集」「六輪一露之記」「至道要抄」「明宿集(めいしゅくしゅう)」などを著した。能では「芭蕉(ばしょう)」「定家」「小塩」「玉鬘(たまかずら)」「楊貴妃」などが彼の作と推定され,世阿弥の歌舞能を継承しつつ,哀愁美にみちた独自の世界を築いた。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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