宮城道雄(みやぎみちお)
生没 1894.4.7~1956.6.25 大正・昭和期の地歌・箏曲の演奏家・作曲家。兵庫県出身。旧姓菅。8歳のとき地元神戸の2世中島検校(初世絃教(げんきょう))に入門,その後2世中島絃教および熊本の三弦家長谷幸輝(ながたにゆきてる)に学ぶ。1920年(大正9)本居長世と「新日本音楽大演奏会」を開催し,以来,新鮮な感覚と技巧的な作品を多数発表するとともに,十七弦・新胡弓(こきゅう)・八十弦などを考案し,全国的に名をあげる。30年(昭和5)東京音楽学校講師。37年教授。東京盲学校の講師も務める。48年芸術院会員。56年列車から転落して死亡。「落葉の踊」「越天楽(えてんらく)変奏曲」「春の海」など350曲をこえる作品を残す。名随筆家でもあった。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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