壬生部(みぶべ)
乳部(みぶべ)・壬生・生部とも。6世紀以後,皇子女の養育のため広く設置された部民とするのが定説。大化の改新時に中大兄(なかのおおえ)皇子が天皇に返還した「入部(いりべ)」も壬生部のこととする説がある。「日本書紀」によれば壬生部は推古朝に設置された。先の敏達朝に后妃のためおかれた私部(きさいべ)とともに,これらの皇室部民は個々の皇族名や宮号を冠しないといわれる。律令時代の親王の食封(じきふ)などへ発展したか。8世紀には壬生・壬生部姓の人々が諸国に実在し,壬生郷も各地に分布した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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