箕作阮甫(みつくりげんぽ)
生没 1799.9.7~1863.6.17 江戸後期の蘭学者。名は虔儒(けんじゅ),字は痒西(しょうせい),通称が阮甫,号は紫川・逢谷など。美作国津山藩医の家に生まれる。吉益(よします)文輔に漢方を,宇田川玄真(げんしん)に蘭方を学ぶ。江戸で開業したが火災に遭い,以後翻訳に専念。1839年(天保10)幕府天文方蛮書和解御用(ばんしょわげごよう)の局に迎えられ,外交文書の翻訳にあたる。56年(安政3)蕃書調所教授に任命され,同所の基礎を固めた。「八紘通誌」「泰西名医彙講」など訳書多数。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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