水野忠成(みずのただあきら)
生没 1762.12.1~1834.2.28 江戸後期の老中。駿河国沼津藩主。父は旗本岡野知暁。旗本水野氏の養子をへて沼津藩主水野忠友の婿養子。出羽守。小姓時代から11代将軍徳川家斉(いえなり)の信任を得,寺社奉行・若年寄をへて,1812年(文化9)西丸側用人となる。17年本丸老中格,18年(文政元)勝手掛となり財政を主管し,34年(天保5)没するまで幕政を主導。8度に及ぶ貨幣改鋳,治安対策の文政改革,異国船打払令,婚姻を利用した大名融和策などの施策を行った。賄賂政治との悪評もあった。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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