中山忠能(なかやまただやす)
生没 1809.11.11~88.6.12 幕末・維新期の公家。明治天皇の外祖父。忠頼の次男,母は正親町(おおぎまち)実同の女綱子。1847年(弘化4)権大納言,58年(安政5)議奏。61年(文久元)和宮降嫁の際,御用掛として江戸に赴く。翌年一時差控の後,国事御用掛。長門国萩藩尊攘派を支援し,64年(元治元)禁門の変後,参朝停止。67年(慶応3)明治天皇践祚(せんそ)で赦免,鹿児島・萩両藩に討幕の密勅を下す。王政復古で議定。68年(明治元)輔弼(ほひつ),従一位准大臣。69年神祇伯,賞典禄1500石。84年侯爵。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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