二条城(にじょうじょう)
京都市にある近世の平城。織田信長が現在の上京区に築いた城と,徳川家康が現在の中京区に築いた城とある。信長の二条城は1569年(永禄12)足利義昭の居館として築城。73年(天正元)の室町幕府滅亡とともに廃城。家康の二条城は1601年(慶長6)畿内の大名に命じて築城された。このときの規模は現在の東半部。11年にはここで家康と豊臣秀頼の会見が行われた。24年(寛永元)徳川家光により天下普請で拡張され,現在の規模となる。26年後水尾(ごみずのお)天皇の行幸があった。1867年(慶応3)徳川慶喜による大政奉還の舞台となる。寛永以降の城は,本丸・二の丸からなる輪郭式の縄張である。天守は5層の独立式だが,本丸全体が巨大化した連立式とも評価できる。1750年(寛延3)落雷により天守を焼失。現在,二の丸御殿が残り,国宝。全域が国史跡。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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