大江広元(おおえのひろもと)
生没 1148~1225.6.10 鎌倉幕府草創期の官僚。大江匡房の孫維光の子。一説には藤原光能の子ともいう。明法博士中原広季の養子となり中原姓を名のるが,のち大江姓を称する。少外記として局務にたずさわり,その後安芸権介となったが,源頼朝に招かれ鎌倉に下向。幕府の中枢にあって頼朝の側近として重用された。頼朝の右筆(ゆうひつ)を勤め,公文所・政所の初代別当となって実務をとり,朝幕間の交渉にあたる。また文治地頭職の設置などしばしば重要な建言を行う。京下り官人としての彼の見識は,草創期の幕府の基礎固めに大きな役割をはたした。頼朝死後も北条氏の信任を得て幕政に重きをなし,数々の政変や承久の乱を乗り切り,幕府体制の安定をみた。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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