六波羅探題(ろくはらたんだい)
鎌倉幕府が,京都六波羅の地に設置した出先機関。南方・北方両府がある。公家政権の守護と監視,洛中の治安維持,西国の軍事・裁判・検断などの沙汰を行った。承久の乱後の1221年(承久3)6月に設置。初代探題は北条泰時・同時房。はじめは承久の乱の戦後処理を行い,京都の警備にあたった。幕府に準じて組織整備が行われ,59年(正元元)大事は鎌倉の指示を仰ぎ,小事は六波羅の専決事項とすることが定められてから,評定衆・引付方がおかれた。正安年間には検断方がおかれ,引付方から検断沙汰が移管。鎌倉が管轄する関東分との境は,時期によって変動するが,おおよそ三河・美濃・飛騨・加賀諸国であった。鎮西探題が設置されると,九州は六波羅所管から移された。歴代探題は,北条氏の得宗家・重時流・政村流・実泰流・時房流から選ばれ,執権・連署につぎ,引付頭人と同格の重職であった。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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