徳田球一(とくだきゅういち)
生没 1894.9.12~1953.10.14 大正・昭和期の日本共産党の指導者。沖縄県出身。日本大学卒。1922年(大正11)7月の日本共産党結成に参加。28年(昭和3)2月26日治安維持法違反容疑で逮捕され,45年10月10日まで入獄。釈放後は書記長として共産党再建に尽力し,46年2月の総選挙に初当選。50年マッカーサー指令により共産党幹部が公職追放になると地下に潜り,同年9月中国に亡命。53年北京で死去。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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