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東大寺(とうだいじ)

金光明(こんこうみょう)四天王護国之寺・総国分寺・大華厳寺とも。奈良市雑司町にある華厳宗総本山。南都七大寺の一つ。前身は,聖武天皇の皇子基王(もといおう)のためにたてられたと伝える金鐘(こんしゅ)寺。744年(天平16)近江の紫香楽(しがらき)で着手された大仏造営が,翌年の平城還都にともない,金鐘寺の寺地で継続されることとなり,あわせて東大寺の造営が推進された。752年(天平勝宝4)大仏開眼供養が盛大に修され,当寺の創建に尽力した良弁(ろうべん)が別当に補任された。以後も造営は造東大寺司により継続された。754年には鑑真(がんじん)が当寺で聖武上皇や孝謙天皇らに授戒し,翌年には戒壇院(かいだんいん)が設置された。756年,聖武上皇が没すると,光明(こうみょう)皇太后が遺品を当寺に施入,その一部が正倉院に伝存する。東大寺は,皇室のあつい庇護をうけ,多数の田地などが施入され,また越前・越中などに多くの荘園をもった。寺内では華厳のみならず三論・法相(ほっそう)など南都六宗と称された教学が兼学されたが,平安時代になると真言宗が加わり,真言院や東南院などが寺内に設けられた。1180年(治承4)平重衡(しげひら)の焼打をうけたが,重源(ちょうげん)が復興にあたった。また1567年(永禄10)にも兵火で大仏殿などが焼失したが,江戸前期に再建され,現在に至る。境内は国史跡。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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