Amur 黒竜江 中国とロシアの国境として東流し,ウスリー江を合流して間宮海峡に注ぐ大河。中国では元,明代から黒竜江と呼び,下流域に元は東征元帥府,明は奴児干都司(ヌルガンとし)を設けた。17世紀中葉にロシア人が進出すると清朝と国境紛争が起こり,アイグン条約で左岸がロシア領となり,北京条約で下流の右岸もロシア領となった。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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