アフリカ分割の過程におけるイギリスの政策で,エジプトのカイロから南アフリカのケープ植民地までアフリカを南北に縦断するルート確保が目標であった。スーダンから南下を進める過程で,フランスと衝突しファショダ事件を起こした。第一次世界大戦後の旧ドイツ領東アフリカの獲得などによって,イギリスはアフリカを縦断する植民地を確保し同政策を実現した。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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