中山艦事件(ちゅうざんかんじけん)
1926年広州で起こった蒋介石(しょうかいせき)の反共陰謀事件。25年孫文の死後,国民党右派は共産党,国民党左派に対し反撃の機会をねらっていた。26年3月軍艦中山艦(艦長李之竜(りしりゅう)は共産党員)は陰謀計画鎮圧のため黄埔(こうほ)へ回航せよという命令を受けて黄埔へ入港した。しかし逆に共産党が暴動を企てたという理由で,蒋介石はクーデタを決行,広州全市に戒厳令を施行,重要地点を占拠し黄埔軍官学校から共産党員を追放した。ついで5月蒋介石は2中全会に,共産党員が国民党内で重要役職につくことを禁止する「党務整理案」を提出,可決させた。これを機会に蒋介石を中心とする右派の勢力が伸張した。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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