ボリシェヴィキ
bol'sheviki ロシア語で「多数派」の意。ロシア社会民主労働党内の左派で,のち独立して党となった。1903年の第2回大会でレーニン派はすべての党員が党組織に属して活動する厳格な組織を主張して,マルトフ派に敗れたが,人事問題で多数派になったので,この名称が生まれた。ボリシェヴィキは西ヨーロッパの社会民主党型の党を排して,規律ある革命的前衛党をめざし,05年には労農民主独裁の樹立,2段階連続革命を追求した。12年まではロシア社会民主労働党内の分派であったが,この年のプラハ協議会でみずからを党として確立,第一次世界大戦中に戦争反対,自国政府の敗北,戦争の内乱への転化を主張し,17年には十月革命を指導し,政権を握った。翌年党名をロシア共産党(ボリシェヴィキ)と改称した。のちソ連共産党となる。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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