イギリス
England/Great Britain 「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」の日本における一般的な呼称。グレート・ブリテン島には前6世紀頃大陸からケルト人が渡来したが,前1世紀にローマの侵入を受け,後1世紀に属州ブリタニアとなる。5世紀にはゲルマン系のアングロ・サクソン人が侵入を開始し,先住のケルト人を周縁部に追いやり,七王国が形成され,またキリスト教が伝えられて,その文明圏に入る。9世紀にはイングランドの統一がなったが,同時期にデーン人などの北方民族が侵入し,1066年にはノルマン人の征服によって,大陸から封建制が導入された。12世紀の中葉にはフランスの有力貴族アンジュー家によってプランタジネット朝が成立し,イングランド王国はその強大な支配領域の一部となった。14世紀に始まるフランスとの百年戦争は,大陸との関係の清算という意味を持ち,その間において議会をはじめとする国家制度の整備が進んだ。15世紀末に成立したテューダー朝のもとで国家統合の歩みが本格化し,ウェールズを併合し,アイルランドの植民地化に着手した。また宗教改革によってローマ教会から独立したイングランド国教会が成立した。17世紀にはピューリタン革命によって一時共和政になったが,王政復古についで名誉革命が起こり,立憲君主制が樹立された。さきにエリザベス1世のもとで始まった海外進出は,航海法によってさらに拍車がかかった。18世紀初頭にイングランドとスコットランドの合同がなり,またフランスとの植民地争奪戦にも勝ったイギリスは,アメリカ合衆国の誕生によって打撃を受けたものの,同じ頃産業革命が開始されて,「世界の工場」としての地位を固め,ヴィクトリア女王の治世に最繁栄期を迎えた。しかし19世紀の後半には世界の列強とともに帝国主義の時代に突入し,20世紀において2度の世界大戦を戦って,そのいずれにおいても勝者であったにもかかわらず,植民地の大半が独立して,往時の勢いを失った。福祉国家を実現させたものの,一時経済は停滞してイギリス病に苦しむ老大国の姿を呈したが,20世紀末には,EUによる統合が進むヨーロッパとの連携に新たな繁栄の道を求め始めた。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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