カンボジア
Kampuchea[カンボジア],Cambodia[英] メコン川下流域で文献史料に最初に現れる政体は,メコンデルタに興った扶南(ふなん)である。ダンレーク山脈南方に興った真臘(しんろう)が扶南を兼併し,7世紀中にほぼ現在のカンボジア全域を統合した。8世紀には陸真臘と水真臘の2真臘が漢文史料に現れるが,水真臘はメコンを経由して南シナ海から中国と連絡する地域に興った勢力で,陸真臘は東北タイからゲアンを経由して中国に連絡した地域の勢力と考えられる。アンコール朝はこの水陸の系列を統合し,11世紀にはタイ湾,南シナ海と連絡する大ネットワークを実現させた。14世紀にこのネットワークが崩壊すると,メコン系列とトンレサープ系列に分かれて再統合が進む。17世紀後半からは,ベトナムとシャムがこれに介入し,18世紀にはメコン系列は消滅し,トンレサープ系列の勢力も存続の危機に瀕した。しかし19世紀中葉のドゥオン王が王都ウドンを中心にトンレサープ‐メコンとタイ湾岸を結ぶネットワークを再構築し,フランス領期にこれが拡大されて,現在のカンボジアの領域が完成した。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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