漢の高祖(劉邦(りゅうほう))が始めた地方統治制度。秦の郡県制統治の失敗と,秦末の動乱以来復活の傾向にあった封建制を考慮して,郡県と封建を併用したもの。直轄の地(西部)には郡県制をしき,遠隔地(東部)には王侯国をつくって一族(同姓),功臣(異姓)を封じた。しかし異姓王侯国は高祖一代でほとんど除かれ,同姓王侯国は呉楚(ごそ)七国の乱をへて武帝の頃には縮小され,事実上の郡県制となった。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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