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マルクス・アウレリウス

Marcus Aurelius Antoninus 121~180(在位161~180) ローマ皇帝。アントニヌス・ピウス帝の養子となり,帝位を継ぐ。五賢帝のうちの第5番目にあたる。まず帝国の東部でパルティア,ついでドナウ川方面でマルコマンニ,クァディなどの諸族の侵入を受け,防戦に努めた。その間,疫病が帝国の危機を深刻にした。帝のあげた戦果は,ローマ市に建てられた記念柱に浮き彫りにされた。のちにまたゲルマン諸族と戦い,ウィーンで病死し,帝の子コンモドゥスが帝位を継いだ。帝はストア学派の哲学者で,戦陣のなかで『自省録』を書いた。中国で後漢の桓帝のとき(166年),大秦王安敦(あんとん)の使節が入貢したと伝えられ,これは帝をさすとみられる。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)

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