民族移動(みんぞくいどう)
世界の歴史においては,部族や民族が大挙して移動し,巨大な社会的変動をもたらす例が数多くみられる。ヨーロッパでは,4~6世紀に生じた「ゲルマン人の大移動」がよく知られている。375年,北東アジアから黒海の北に入り込んでいたフン族が東ゴート族の国を征服すると,西ゴート族はドナウ川を越えてローマ帝国領内へ移動し,バルカン,イタリア,南フランスをへてイベリア半島に落ち着いた。その影響を受けて,他の多くのゲルマン部族も移動を開始し,西ローマ帝国内には,西ゴート王国,ヴァンダル王国,ブルグント王国,フランク王国,東ゴート王国,ランゴバルド王国などのゲルマン人諸国家が建てられた。この大きな動きのなかで,西ローマ帝国が滅び,西ヨーロッパはゲルマン的要素を強く帯びることになったのである。一方,アラブ人はイスラーム以前の時代からシリア,イラクへの移住を開始していたが,7世紀初めにイスラームが興ると,アラブ・ムスリムは家族を伴って征服戦争に参加し,イラク,イラン,シリア,エジプト,北アフリカへと進出した。9世紀半ば頃,モンゴル高原から南下したトルコ系のウイグルはクルグズや西夏に敗れて四散し,また同じトルコ系のオグズは,西方に移住してイスラーム化した後,セルジューク朝を興し,さらにオスマン帝国を建設した。また,中央ユーラシアの草原地帯では,民族(主に遊牧諸部族)移動の波は常に東から西へという方向だった。その遠因をユーラシア東部における気候の悪化に求める説もあるが,実証するのは難しい。直接的な原因としては,他部族に攻められてやむをえず移動する場合と,征服活動の一環として移動する場合がある。前者はスキタイのように玉突き現象を引き起こし,後者はモンゴルのように雪ダルマ式に一挙に大帝国を出現させることがある。フンの移動は,当初は雪ダルマ式拡大であったが,その後玉突き的移動を引き起こすことになった。西から東へ拡大した唯一にして最後の例は,ロシア人である。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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