Mikhail Mikhailovich Speranskii 1772~1839 ロシアの政治家。農村の聖職者の子として生まれ,神学校を卒業して,元老院に勤務したが,アレクサンドル1世に認められて国制の改革に参画した。1809年三権分立と法による絶対権力の統治を骨子とする国制改造案をつくったが,国内の大貴族層の反対やナポレオン戦争のためにその大部分が実現せぬまま,12年に失脚した。のち法典編纂に従事。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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