東林党(とうりんとう)
明末の政治的党派。1604年正義派官僚で下野していた顧憲成(こけんせい)らが,郷里の江蘇省無錫(むしゃく)で東林書院を建設し学を講じた。以後彼らは在野の同志を集めて痛烈に政治を批判し,在朝の東林派官僚と結んで政治活動を行った。1620年代初め東林派官僚は政界の主勢力となったが,宦官(かんがん)魏忠賢(ぎちゅうけん)と結ぶ反対派に弾圧された。崇禎(すうてい)帝の即位とともに魏忠賢が失脚し,東林派が再び登用されたが,党争は明の滅亡まで絶えなかった。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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